ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロを弾く人みんなの危機(2)〜フェルナンブコ規制強化で弓が高騰
フェルナンブコのワシントン条約規制引き上げが決定した場合、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ‥‥そして忘れてはいけません、コントラバスも!、演奏する人にどのような影響があるのでしょうか?プロ・アマチュア問わず、どのような影響を受けるかについて、考えてみました。今回は、既に起きていることについてお話しします。
弓の価格の高騰です。昨今の弓の価格の高騰は普通ではありません。コロナ危機や円安の影響が考えられますが、円安のせいだけにできないのは間違いありません。ユーロ圏でも弓の価格が高騰しているからです。
弓に関心を寄せる人たち(ディーラー、コレクターetc.)にとって、ワシントン条約のフェルナンブコ規制強化の話題は、最新のニュースでもなんでもありません。前回のCopの会議(2022年)の前に情報が駆け巡り、彼らは遅くともその時点で知っていました。いずれ規制が強化されると誰もが想像し、既に完全に身構えています。これぞという一本を買いたいと思っている人は、もし気に入った弓を見つけたら、多少高くても買えるうちに買っておくのが賢明だと考えるわけです。楽器屋さんは、例え仕入れ値が上昇しても、売れる商品は取り扱うのが商売です(やや品薄なのは、買い控えているようにも見えますが、実はお店の奥にあるのではと邪推したくなります)。日本に住む購入者にとっては、とんでもない円安(7月から€1=170円台が続いています)も価格にのしかかり、明るい兆しは残念ですが全く見えません。出来ることと言えば、円安が終わって価格に反映されるのを待つ・・・いえいえ!今年末にワシントン条約の規制引き上げが決定すると、日本の業者は海外から仕入れることができなくなるので、そのあと円高に転じたとしても、その時はもうレートがどうであろうと関係のない世界です。また、そもそも弓の「円高還元セール」は滅多に企画されないと思います。元々高級品で、一部の「どうしても買いたい」人が相手なので、そこまで無理に売らなくていいからです。
ただ一部には、もし規制が引き上がった場合に、弓の価格が逆に下落する可能性もあるのではないかという見方もあります。私の意見では、その可能性はないと思っています。絶対的に質が高い商品でも、ニーズがなければ相場は落ちます。でもニーズがあれば、相場を下げる必要がひとつもありません。ましてや弓は消耗品で、弾けば弾くほど状態が悪くなります。つまり、コンディションが良い、質の高い弓は自動的に失われていく運命です。それが顕著なのがオールドフレンチなどの名弓です。現在も優れた弓を生み出す製作者がいますが、やはり19世紀から20世紀初頭にかけて活躍した製作者たちによる名弓にはなかなか敵いません。
演奏に用いられて、くたびれた弓が増えるということは、未使用や新品に近い状態の弓は減る一方ということです。そのため、時を追うごとに後者の希少価値は上がっていきます。どうして弓の価格の高騰一辺倒なのか、理由をお分かりいただけるでしょう。
唯一、弓に対するニーズがあるのに、フェルナンブコの名弓の価格が落ちるとしたら、フェルナンブコを上回る素材が登場した時です。もっとも、それでも「いいものはいい」ので、価値は保たれるような気がします。見よ、伝統の力。
この話題、まだまだ続きます。
ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロを弾く人みんなの危機(1)〜弓の用材・フェルナンブコがワシントン条約の最も厳しい規制対象に!?
ヴァイオリンの弓はご覧のとおり、木の棒=スティックに馬の尻尾の毛が張ってある形状です。スティックの質は弓の良し悪しを決める最も大きな要素と考えられていて、最上の素材はブラジル原産の「フェルナンブコ」です。希少価値のある高級材で、優れた弓は全てフェルナンブコで出来ていると言って過言ありません。ヴァイオリンだけでなく、ヴィオラもチェロも同様です。実は今、このフェルナンブコが輸出入禁止になってしまうかもしれない事態に陥っています。もしそうなってしまうと、弦楽器を演奏する人、弓を作る人・売買する人は大打撃を受けて、クラシック音楽の世界が大なり小なりひっくり返ってしまうかもしれません。演奏を聴いて楽しむクラシックファンの方々も、ゆくゆくはその煽りを受けてしまうと思います。
長い年月伐採が続けられ、フェルナンブコは絶滅の危機に瀕して、保護が必要な事態に陥りました(違法伐採、密輸取引されたとの噂も)。植林などの努力もされましたが、国際的な規制が必要と考えられるようになり、2022年、ブラジル政府はフェルナンブコ材に関する規制を、ワシントン条約、つまり絶滅の危機に瀕する野生動植物の国際取引に関する条約(略称CITES)の最も厳しいランク(★)へ引き上げるように要望しました。最も厳しいランクとは、象牙と同じで、原則的に輸出入は一切禁止というものです。そして、2022年11月末に開かれたCITESの185の加盟国が会する国際会議(Conference of the Parties /略称CoP)で審議されました。
この時、引き上げは見送られて、胸を撫で下ろしたのは私だけではなかったと思います。でも、いつか近いうちに、また同じ問題が起きるとずっと心配していたのです・・・そして遂にその時が来てしまいました。
この6月、同じ提案がブラジル政府から出され、今年(2025年)11月24日から12月5日にかけてウズベキスタンで開催される第20回CoPで再び審議されることになりました。もし、この案が可決されると、フェルナンブコ材でできた弓の商業目的の国際取引は禁止となり、海外渡航時に持ち運ぶにはCITESの許可証が必須となります。一口に海外渡航と言いましたが、観光旅行から、演奏旅行、留学や引っ越しまで含めた全てで、具体的には渡航前に許可証を取得して、出国と入国の時に税関で提示しなくてはいけなくなります。
つまり平べったく言うと、
商業目的の国際取引が禁止→フェルナンブコ材の弓の輸入は禁止。だからフェルナンブコの弓は、国内にあるものをグルグル回して売り買いすることになる。
海外渡航→事前に許可証を申請して(許可が下りて、許可証を発行してもらえたら)国境をまたぐ時はいつも税関に行って許可証を見せることになる(出国時・入国時の両方で、要はパスポートコントロールのようなもの。EUの中での移動はどのような扱いになるのかは分かりません)。
許可証申請に際しては「条約適用前に取得したもの」の証明が必要で、「じゃあ領収書があればいいじゃん!」と思うかもしれませんけれど・・・フェルナンブコが使われていることが大前提なので(使われていなかったら許可証を発行する理由がない)、そのアイテムに規制対象種が用いられていることを製作者や専門家が証明した書類が必須です。これはかなりハードル高いと思うのです。イメージとしては鑑定書だと思いますが、種名や原産国が記載されている必要があるはずです(このあたりは特に重要だと思うので、必ず各自ご確認ください)。種名の表記は、ワシントン条約の附属書で用いられた種を特定する用語(例えば、パンダは「 Panda」ではなく「Ailuropoda melanoleuca」)でなくてはならないでしょう。「条約適用前に取得したもの」である証明と、対象種名・原産国などの情報の証明・・・結構大変そうです。
でもちょっと待って!メディアの情報の精度がいまひとつ不安なので、念のため第19回Copの審議内容を確認してみたいと思いました。行き当たったのは日本の外務省のサイトです。そこには以下のように書いてありました。
「ブラジルボク」:ブラジルから、注釈(旅行オーケストラや決議16.8に基づく楽器パスポートを所持する独奏者を除く、楽器の弓を含むすべての部品、派生品及び完成品)をつけて附属書IIから附属書Iへの移行を提案。議論の結果、附属書IIのままとした上で、注釈について、「完成品の再輸出は適用除外」とすること、ブラジル政府の違法対策に協力するための決定が採択された。」
今回ブラジル政府から提出された案がこれと同じなら、音楽家は↑ここに書いてある「楽器パスポート」、つまり『日本国楽器証明(申請)書 Musical instrument certificate』を取得すれば良いのです。日本で発行してくれるのは経済産業省です。詳しくはこちらをご覧ください。でもこれもとても面倒くさそう!この時点で「じゃあカーボンの弓でいいか・・・」と諦める人が続出すると思います。。。
この話題、とても大事なことなので、このあとも続けます。
ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロを弾く人みんなの危機(2)〜フェルナンブコ規制強化で弓が高騰
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★ワシントン条約では、絶滅のおそれがあり保護が必要と考えられる野生動植物を「附属書I Appendix1」「附属書Ⅱ Appendix2」「附属書Ⅲ Appendix3」の3つに分類しています。フェルナンブコについては以下の通り。
現状「附属書Ⅱ 」・・・「現在は必ずしも絶滅のおそれはないが、取引を規制しなければ絶滅のおそれのあるもの」⚫️商業目的の取引は可能 ⚫️輸出国政府の発行する輸出許可書等が必要
提案「附属書I 」・・・「絶滅のおそれのある種で取引による影響を受けている又は受けるおそれのあるもの」⚫️学術研究を目的とした取引は可能 ⚫️輸出国・輸入国双方の許可書が必要
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※ 出来る限り正確な情報を記すように心掛けていますが、万が一、ここに書いた情報に誤りがあったり、誤解を招いてしまうなどして、どなたかの不利益となることがあったとしても、著者は一切の責任を負いません。ワシントン条約は非常に重要な厳守すべき国際ルールだと認識しています。そして、大切な弓にかかわることです。必ずご自分で経済産業省などの関係機関に問い合わせて、くれぐれも慎重にご対応されるようにどうかよろしくお願いいたします。 梶野絵奈